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雨が降ると近くのコーヒー店へ逃げ込んで、そこで取引をしなければなりませんでした。
これがアメリカの株式市場の起こりです。
国立銀行設立の翌年には、まだこのような屋外の市場でしたが、屋外市場としての組織はできています。
しかし、一八〇〇年代になるとアメリカの株式会社の数もしだいにふえてきました。
そこで一八一七年には初めてウォール街の建物のなかで取引するようになり、十二年後の一八二九年にはアメリカに鉄道が敷かれ、鉄道会社の株式が盛んに売買されるようになりました。
一方、他の産業会社もぐんぐん発展して、株式の取引量が急にふえてきたため、一八六三年にニューヨーク・エクスチェンジ・ビルディング会社というものを設立し、この会社が建物を提供して、屋内の取引所を開いたわけです。
また、イギリスは植民地帝国として発展しました。
したがって第一次大戦前の株式は、内地の会社よりも植民地への投資会社のものが中心となっていました。
会社だけでなく、外国人会社への投資もかなり多く、あとに述べる投資信託が生まれたのもこうした理由からです。
第一次大戦直前の一九一〇年からこの二年までの平均をみると、国内証券が四千四百万ポンドで二割、国外証券が一億七千七百万ポンドで八割という比率です。
一方アメリカの方は独立してからも国内、ことに西部の開発に追われ、植民地を持ったのは十九世紀末にフィリピン、グァム島、ハワイを取ったときからですから、当然株式市場の商いも国内証券がほとんどでした。
しかし第一次大戦後、これまで世界の債権国だったイギリスが債務国に没落し始めたかわりにアメリカが債権国の地位を得たので、大戦前の傾向とは逆になっています。
このように株式取引所はまずヨーロッパに、続いてアメリカに作られ、日本の場合はまだ百十年ほどの歴史しかありませんが、株式売買市場の規模を示す一つの数字として、株式売買代金を比較すると、その順序は歴史的なものとは違ってきます。
上場株数、時価総額は売買株数式売買高をみたものですが、東京市場の売買代金は英、仏、西独のそれに比べて六、七倍ないし二十倍近くの規模で、ヨーロッパのどの国よりもケタ違いの大きさであることがわかります。
そしてその東京市場でさえ、米国ニューヨークの株式市場の半分以下しかないのです。
ニューヨーク市場が問題なく世界のナンバーワンであり、今後も当分その位置はゆるがないでしょう。
発行市場と流通市場とは、どちらが欠けても(またどちらが貧弱でも)その地域の証券市場はうまく育ちません。
車の両輪という存在でしょう。
ただ、ここでの「市場」という言葉は町の中にある「市場」とは違い、非常に抽象的な表現なので、どこまでの範囲を発行(流通)市場というのか、確定したものはありません。
証券の「発行市場」「流通市場」にふれたまま説明を加えませんでしたので、ここではどういう性格の市場かをながめてみましょう。
普通、市場(「いちば」または「しじょう」)というときに思いつくのは日用品や食料品を売っている町や村の「いちば」またはマーケットだったり、魚市場などでしょう。
つまり市場というときは、物を売り買いする所をいいます。
証券(株式)の場合も同様で、証券(株式)を売り買いする所、つまり流通市場(売買市場)があります。
流通市場については、あとで詳しく説明しますが、おおざっぱにいうと、証券(株式)の流通市場は証券取引所(株式取引所)である──といっていいでしょう。
ところが証券には「流通市場」だけでなく「発行市場」というものもあります。
「証券取引所」という流通市場は、○○市○○町○○番地にある実在の建物ですから目で見えるし、手でさわることができる市場で、一般の「いちば」と同じようなものですが、証券が一般の商品と発行市場の形態と違う点は「発行市場」というものがある点でしょう。
発行市場は、流通市場のような具体的な形のものとは違って、「いくつかの機関や個人を一つのグループとして頭で考えた市場」です。
もっと詳しく言うと、株式や債券を発行した者と、その新しい証券を購入した者と、発行者・購入者の間を仲介した者(引受者)との三つをまとめて発行市場と考えているのです。
購入者は個人・銀行・会社・外国人などですし、引受者は証券会社・銀行ですが、発行者だけは、株式発行の場合と債券発行の場合とで多少違います。
というのは、政府や地方公共団体は株式会社ではありませんから、当然株式を発行することはありえないのです。
ところで株式発行の場合に一つの問題点があります。
だれが購入者になるかという問題です。
どうしてこの点が問題なのかというと、それは欧米と日本との慣習にこれまでかなりの差があったからなのです。
ヨーロッパやアメリカでは、株式会社が新株式を発行する際には、一般の人にこの新株式を持ってもらうよう広く呼びかけます。
といっても、一般の会社にはその呼びかけを行う能力や知識に欠けているのが普通です。
そこで引き受け業者が登場します。
欧米では証券業者と銀行とがこの引き受け業を行っています。
引き受け業者は新株式を発行しようとする会社の内容を十分にPRし、一般の人に理解させたうえでこの新株式を引き受ける人を探し、売り付け、手数料を会社からもらうのです。
ごくまれには会社自身が直接に一般の人に新株式を売りつけることもありましょうが、欧米の経済社会においては、引き受け業者が存在しないことには新しい証券を発行できないと言ってもいいでしょう。
しかし十年余り前までの日本では「株主割当」が一般的でした。
株主割当とは、新しい株式を発行する際に、これまでの株主に優先的に割り当てるという意味です。
たとえば一千万株の株式を発行している会社が新たに一千万株の株式を発行しようとするときには、これまでの株主に「旧株一株につき一株」を割り当てるというのが慣習となっていました。
もっと具体的に言えば、一千株持っている株主には一千の新株式を優先的に引き受けさせようということです。
特にここで注意しなければならないのは、株主割当の場合、その株主が支払うべき金は額面金額だけでいいという点です。
額面金額が五十円であっても、株式市場での時価が五百円とか八百円とかいう場合がよくあります。
それでも株主は五十円払えば一株もらえるというのです。
なんともうまい話です。
だから株主割当という慣習は株主に喜ばれ、長続きしたのです。
しかし四十年代後半から欧米式の公募増資は急速に増大してきました。
四十七年度には初めて公募増資による調達額が、株主割当によるそれを上回りましたし、五十一年度以降は公募増資の優位がずっと続き、株主割当による資金調達額のウエートは低下する一方です。
なぜなら、公募増資は単に一般からの募集という方法だけでなく、新株式の発行価格を額面の何倍、何十倍に決められるからです。
優れた経営によって業績を上げ、成長性を持つようになれば、株価は何百円、何千円と高騰し、その時価に近い価格で新株式を売り出すのです。
このような「公募・時価発行」形式は、一般の会社にとっても、また多額の引受手数料を得られる引受(証券)業者にとっても有利なので、今後もますます一般的なものになっていくでしょう。
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